おまけの童話











   ゆうだち

 やあやあ、くもってきたぞ。あの黒い雲。ごろごろ遠くで鳴っている。そのうちどっしゃり落っこちてきそうだぞ。だから、早くお帰りな。
 太郎の家は、あの道の、丘を越えたその向こう。そら、火の見やぐらが見えるだろう。奥に林があるだろう。あそこに、墓場があってね。坂から見下ろすと、小さな萱葺き(かやぶき)屋根と、土蔵(どぞう)のある……。
 太郎はいつも、たったひとりで出かけてくる。納屋の前で、下駄をおもちゃにするのにもあきたら、熊笹ぬけて、遊びにいく。今日も秘密の道を抜けてきた。帰りはとっておきの近道だ。
 それ、また鳴った。
 お山の上でひかってる。こりないな雷(らい)さまは。この時分(じぶん)は年中声をはりあげて。ほんに癇癪(かんしゃく)持ちな。
 雷(らい)さん、雷さん。後生(ごしょう)なんだから、そう怒りなさんな。太郎はちっとも怖かないけども、うちのハナちゃんが泣くからね。
 太郎はお空につぶやくが、雷さまってな、情(なさけ)知らず。一度だって、頼みを聞いてくれたためしがない。
 あ、また鳴ってら。今度は近いぞ、近いぞ。ひゃ、ひかったぞ。
 急げ、急げ。なに、濡れたってかまやしないけど。太郎がいなくっちゃ、ハナちゃんが怖がるだろう。
 まるで太郎は弾丸だ。黒い毛皮がつやつやと、尾っぽはぐるりと巻いて、びゅんびゅんびゅうんと駆けてくぞ。石橋渡れ、ため池とび越せ、垣根を抜けろ、さあつっ走れ。
 だんだん、だん。ごろごろ、ごろ。
 天で太鼓(たいこ)を鳴らしてる。
 ひゅうひゅう、ひゅう。ざわざわ、ざわ。
 風神さままで、騒ぎだす。
おまけに蛙だ蛙だ、げこげこ蛙の合唱だ。
 ああ、もうまっくらな。まるで墨汁をたらしたような。
 ハナちゃん、お待ち。いま行くぞ。
 四つの足は駆けるぞ、駆けるぞ、早いぞ早いぞ。
 ありゃ、ヨネさんかいな。竿に、おむつがかかったままだ。旗みたいに揺れていらあ。飛ばされちまうぞ、おおい、おおい。
 チョッ、ジョン公震えてらあ、意気地がないな、小屋からしっぽが出ていらあ。やい、そこ行くはミケ公かい。急がないと、降られるぜ。おっと、あぶない自転車が。あはは、あんなに夢中で漕いでらあ。
 烏もはたはた帰っていく。太郎も、行くぞ。そら、もうじきだ。うちの屋根が見えてきた。
 太郎、太郎、太郎やあい。
 呼んでる、呼んでるハナちゃんが。
 あれ、あの赤いのだ。袂(たもと)もおさげも、ちぎれそうだよ。風が持ってこうとしているよ。
 太郎、太郎、早くウ。
 うわあい、すごい風だい。耳も尾っぽもうしろへなびく。目んなか、砂が入るよ。ハナちゃあん、ハナちゃあん。
 太郎、お帰りッ。
 ふわっと、ハナちゃんのにおいだい。太郎はくるくる尾をふって、ハナちゃんの腕のなか。ハナちゃんは太郎を抱いたまま、ばたばた家のなか。
 太郎、お前何処まで行ってたの。かみなり怖くって、急いで帰ってきたのね。さあ、もう大丈夫よ。
 あれっ、ハナちゃん、あんなこといってらあ、うそだい、うそだい。
 おっかぶさるハナちゃんの胸から、太郎がひょっこり顔を出したら、
 どん、どどどん。
 あっ。思わずふたりが抱き合えば、ざざざざざ……と雨が一気に落っこちる。



「みなせ」(「みなせ」文芸の会発行)第38号 寺井古木作 より





















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