忠犬ハチ公の銅像が戦時中回収されて失われ、戦後復興されることになったとき、GHQからすぐには許可が下りなかったそうである。「忠犬」という字がひっかかってしまったのだ。再建を願い出た当時の渋谷市民は、ハチ公のことを、飼い主の恩を忘れなかった偉い犬であると説得して、ようやくハチ公像再建の許しが出たのだと、「ハチ公文献集」収録の記事にある※1。
GHQが拘泥したハチ公の「忠犬」という冠は、今日も尚ハチの立場を複雑にさせている。ハチ公はあまりにも有名である。それでいて、彼に関する正当な考証を記した本はほとんどない。それ故、ほんとうなのやら噂なのやら、様々な説があって、あきらかに誤りであるものさえ、いまだに通用する始末である。そうした諸説のひとつに、ハチ公は軍国主義に利用されたのだとする説がある。
ハチ公は軍国主義に利用されたのだという説は、今ではやきとり目当ての駄犬説と並んで、真相のようにいわれているが、わたしはこれを具体的に考証してみたいと考えた。
単に、昭和初期の軍国主義台頭の時代と重なるからといって、それだけではハチ公と軍国主義を結びつけることはできない。ひとは、軍部がハチ公の美談を利用した、あるいはハチ公の美談をつくりあげたのだという、それならば、その証明をあげなくては、それを真実だとはいえない筈である。
まず、ハチ公の有名になったいきさつから考えてみたい。
渋谷駅を彷徨うハチ公は、人から見れば単なる宿なし犬の一匹に過ぎなかった。駅員や屋台のおやじは、野良犬だと思ってハチ公を邪険に扱う。なかには、そんな犬がうろついているのに、気がつきもしなかった人もある。そのハチ公が俄然有名になりだしたのは、東京朝日新聞の夕刊に彼の記事が掲載されたからで、昭和七年十月のことであった。
昭和七年は、満州事変のあった年である。それと関連させて、軍部が国策として美談を流したのであろう、というのがよくいわれる説である。
だが、ハチ公が新聞に紹介されたのは、軍部とは直接関係がない。この記事は投書があったのに対し、新聞記者が取材し直して発表したものであるからだ。
後に、当時の新聞記者が、こういう証言を残している。仲間内で「あの犬」を記事にしようということになったが、「忠犬」と有名になってしまってからは、真相を告げるわけにもいかなくなった、と※2。つまり、美談の創作をしたととれる意味をほのめかしている。
だが、まったくの事実無根を新聞記者が書きたてたわけではなかった。というのも、先述したように、この記事は、投書がもとになっている、その投書の出所がはっきりしている。何を隠そう、投書の主こそは、斎藤弘吉氏。ハチ公の庇護者であり、日本犬保存会を設立したその人であった。
斎藤弘吉氏とハチ公が出逢ったのは、昭和三年のことである。日本犬が絶滅の危機にあるのを救おうと思い立った斎藤氏は、独自で日本犬保存会を発足し、立ち耳巻き尾の犬を探し求めていた。日本犬探しの最中に、偶然出会ったのがハチ公で、その頃はすっかり影をひそめてしまった、和犬秋田犬の姿をとどめていた。斎藤氏は、さっそく第一回日本犬犬籍簿に、ハチ公の存在とその経歴を発表した。これがハチ公の最初の記録になった。
それからは、斎藤氏はハチ公のことをよく気にかけていたのだが、事情を知らない渋谷駅で、ハチ公は野良犬扱いを受け、いじめられるばかりである。この状態を改善できないかと、斎藤氏は再び日本犬の会誌にハチ公に関する記事を載せたが、より多くの人に知って貰うには、新聞のほうがよかろうと思って投書した。これが、ハチ公が新聞に紹介されるきっかけとなった。
ところが、新聞記者は、斎藤氏の投書を公開せず、氏に連絡もせず、直接渋谷駅へ取材に出向いた。ここに、斎藤氏の証言と新聞記者の証言にずれが生じる原因があるのだろう。
新聞記者がハチ公の存在を知ったのは、斎藤氏の投書があってからだろう。これはわたしの想像であるが、おそらく斎藤氏の投書よりも、新聞記事のほうには誇張や創作性が含まれていたのを差して、記者は美談の創作云々を、いっているのかも知れない。また、時代を経ていることから、記憶違いや思い込みというのも考えられるだろう。
実際、取材した記事は、斎藤氏の期待した形ではなかったようである※3。文中にも誤りがあった。それは、ハチ公を「秋田犬雑種」と報道していることで、斎藤氏はさっそく抗議文を送り、後日新聞に訂正文が出た。
長くなったが、ハチ公が新聞に紹介されたいきさつは以上で、満州事変は関わりがないし、投書した斎藤氏が軍部と関係していたわけではないのは明白である。
だが、こういう考えもあるだろう。ハチ公が渋谷駅をうろついて十年になる。何故、もっと以前に記事が出なかったのか、投書を出さなかったのか、と。
ここでわたしが考えるのは、前年の昭和六年に、秋田犬が天然記念物として認定されている事実である。
秋田犬は、日本犬最初の天然記念物認定となった。これは、日本犬保存運動のひとつの結実であり、大きな一歩であった。
斎藤氏がハチ公と出会ったのは、前述の如く、昭和三年の七月である。三年後に秋田犬が天然記念物に指定される。その翌年にハチ公のことを投書した。斎藤氏とて、全ての時間をハチ公のみに割いていたわけではないし、また日本犬探しの旅にも赴いている、秋田犬を天然記念物に指定するための運動もあったのだから、この時間の間隔は決して不自然ではない。秋田犬が天然記念物と認められて、斎藤氏も自然ハチ公のほうへ意識が向きかけていたのであろうし、氏自身は宣伝を好まなかった人物のようであるが、人々の注目が少しづつ向きかけている頃とて、投書を思いついたのでなかろうか。
次に、ハチ公の有名になっていく経緯を見ていく。
新聞記事が出てから、ハチ公を見ようと大勢の人が押しかけ、駅は一騒動になるのだが、「かわいそうな犬が死んだ主人を待ち続けている」なぞという報道は、大衆の注目と同情をひきやすい。今の時代だって、同様の報道を行えば、人々は大騒ぎすることであろう。
この騒ぎのなかで、人間の欲が動き出す。
ハチ公はすっかり渋谷駅の名物と化し、地元の商店街では「ハチ公焼き」だの「ハチ公チョコレート」などを売り出す。唱歌がレコードに吹き込まれ、映画に特別出演し、三越で人形が売り出されるといった騒ぎである。
こうした人間の私利私欲にもてあそばれるハチ公の姿を創作にしたのが、戸川幸夫氏の小説「忠犬像紳士録」である。(無論小説であるから、この作品の内容全てが事実ではない。)
「忠犬像紳士録」のなかでは、駅長(吉川駅長がモデルである)とその周辺人物が打算的な人物として描かれ、ハチを利用して駅の高名を図ったことになっている。
こう見ていくと、ハチ公が有名になった経緯も、別段軍部の国策とはかかわりがあるまい。むしろ、ハチ公のグッズの販売など、考えようによっては非常時において、不謹慎ともとれるではないか。一匹の犬がスターになって、それに大騒ぎをしているのは、それだけのんきな時代であったともいえるだろう。
また、満州事変の場合、後世言われているほど、世の中に宣伝されたわけではないらしい。
ハチ公銅像の建設については、年譜や年譜拾遺にも記している如く、ハチ公をめぐって詐欺事件がおこり、収拾がつかなくなってしまった為である。
斎藤氏自身は、銅像は人間のものでも、生前に建立すべきではないと考えていたから、ハチ公の銅像建設に積極的ではなかった。
疑問の箇所を掘り下げ、分かっている事実と照らし合わせてゆけば、殊更にハチ公が軍部に利用されたと思われない。
成程、軍国ブーム、国粋ブームの当時としては、「忠犬」という名称は歓迎され、もてはやされた部分はあろう。それだけ人々の心にも響いたろうし、時流にのったともいえる。だが、それだけであって、それ以上ではあるまい。
「忠」や「孝」だとか「義」というのは、古くからある日本人の道徳観念で、その観念が忘れられようとしている現代――ましてや過去の不幸な戦争から、昔の価値観に対し、有無をいわせず否定的になりがちな今日――聞きなれぬその言葉に、違和感をもつかもしれない。だが、忠犬というのは当時の人にしてみれば、「名犬」とでもいうような意味であって、そもそも我々人間は、古くから犬という動物に対し、「忠実」を求めてきたのであるから、殊更に目をそばだてる必要はなかろうと、思うのである。
現代、犬をはじめとした、愛玩動物の位置がかわってきている。我々は、犬たちを、「家族の一員」として、「人間」のように愛するようになった。古い時代のことは、考え方や使われる言葉も違うから、すぐには受け入れ難い印象を抱くであろうが、犬に対する「愛情」には変わりない。
ハチ公は軍部に利用されたのではない。彼を利用したものがあれば、それは人間の欲である。だが、ハチ公を人々が愛していたのもまた事実で、そうしたなかで、忠犬という、人間にとっては犬への最高の賛辞を与えたものであろう、とわたしは思うのである。
(※1 「ハチ公文献集」収録の『毎日新聞』(昭和三十九年二月十一日)「都のうちそと」(一)より、忠犬ハチ公銅像維持会会長・小林来氏(故人)の記事による。)
(※2 「ハチ公文献集」収録記事、『週間朝日』(昭和三十一年八月十九日)「ニュースストーリー」、「“忠犬”ハチ公の真相」、「銅像は何も云わないけれど……」から、「第一の証言」渡辺紳一郎氏(当時、朝日新聞社会部記者)の記事による。)
(※3 戸川幸夫氏の小説「忠犬像紳士録」の冒頭に、創作ではあるが、当時の斎藤氏の心情が描かれている。小説では記者が投書の主(小説では「島村」)の元を訪ね、聞き取りをする場面が描かれており、「島村」氏はハチ(小説では「ロク」)の心情を語るとともに、日本犬保存の活動を宣伝する。しかし、記事を面白くするために、「ロク」の心情は記者に曲解されて新聞に書かれてしまう。)
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