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本朝犬之風俗史

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目次

○明治編
○大正編
○昭和(戦前)編
○近代以前編
○雑

明治編

○犬の厄災

 狂犬病が撲滅されていなかった時代は、ずいぶん大っぴらに犬の「虐殺」が行われた。「犬殺し」という職業(?)もあったのである。これは、明治時代に限らず、長く出没した犬の天敵であった(今もいるのかは知らぬ)。狂犬撲殺の大義名分で、公の機関より委託された場合もあったが、たいていは犬を殺し、それを何らかの方法でもって(肉、皮を売るなどして)金に換えるというあまり宜しくない「仕事」であった(当時は賤職といって卑しめられた仕事のひとつである)。また、単に殺戮のみを目的にする者もあって、これら「犬を殺す者」をひっくるめ、大雑把に「犬殺し」と呼んだようである。

 志賀直哉の「朝昼晩」には、次のような「犬殺し」が紹介されている。
 お宅の犬に噛まれたといって、ゆすりにきた老人がある。主人(志賀と思われる)が出向き、傷口を見せろというと、しぶりだす。強いて傷口を見ると、確かに犬の噛み傷があったが、それは古いものであった。主人は老人を叱りつけ追い返す。主人が細君に向って言うには、

 「あれは、犬殺しだ。犬に食ひつかれたんで、それを種に犬を飼つてる家へ行つてはあんな事を云ふんだ。持つてゐたのは犬の肉で、あの血をしぼつて今食ひつかれたやうに見せるのだ」(「志賀直哉全集第四巻」岩波書店刊より)

 また、二葉亭四迷の「平凡」には、可愛がっていたポチが、犬殺しに殺されてしまう話がある。こちらは、犬の殺戮を目的とする方の、変質的「犬殺し」であったのだろう。

 犬殺しではないが、もう一つ犬の「天敵(?)」があった。
 漱石の「吾輩は猫である」に、「人間中最も獰悪」であると紹介されているのは「書生」で、猫を食うと書かれている。

 書生とは、当時の学生全般を差している。その頃の学生に軟派、硬派の別があったのは鴎外の小説にも詳しいが、一般的には硬派のバンカラ気風が尊ばれ、蛮勇を誇るのが男らしいとされていた。こういうふうだから、書生の乱暴なのは有名で、明治の書を紐解けば、あらゆる彼らの蛮行を偲ぶことが出来るだろう。「猫を食う」(※)のもそうした蛮行の一つであるが、それ以上に殺戮の対象になったのは、「犬」である。

 坪内逍遥(春のやおぼろ)の「当世書生気質」に登場する桐山という硬派書生の部屋には、血のこびりついた棍棒が置いてある。これは、犬をぶち殺すのに用いているもの、と描写されている(殺した犬は無論食うのであろう)。

 また、実際の例としては、空想科学小説の始祖とも言われる作家・押川春浪は、学生時代頗る乱暴者で、野良犬を殺し、寄宿舎のストーブで焼いて食らうという事件を起こして退校処分を受けている。

 推察するに、力を持て余して無闇に暴れたいのと、育ち盛りで腹がすぐ減り、銭のかからぬ食料として、小動物を「狩って」いたのであろう。
 尚、珍しい例としては、鴎外の「雁」に、不忍池で偶然石をあてて殺してしまった雁を、鍋にして食う話が出ている。このささいな描写からも、当時の書生の粗野な一面が伺われる。

 (※猫を食う・・・実際は猫を食うという話はあまりきかない。森銑三も「明治東京逸聞史」のなかで、猫を食うという話は自分は聞いたことがないと書いている。犬に対して、猫を襲う書生は少なかったのであろう。横溝正史の探偵小説「黒猫亭事件」作中で、金田一耕助が、次のように語る場面がある。

「(略)世の中に、およそ、猫ほど殺しにくい動物はない。ぼくの中学時代の友人に、とても獰猛な人物がいましてね。犬でも猫でも、何でも殺してスキ焼きにして、食っちまうやつがあった。(略)そいつの言葉によると、猫ほど往生際の悪い動物はないそうです。犬は棍棒でぶん殴ると、ころりとすぐ死ぬそうですが、猫と来たら、打とうが、殴ろうがなかなか、一朝一夕には死なないそうです。もういいだろうと思っていると、薄目をひらいてニャーゴと啼く。実にあんなにしまつの悪いやつはないと言ってました(以下略)」

 真偽の程は知らぬが、たしかにすばしっこい猫はまず捕まるまい。)



昭和(戦前)編

○強盗と犬

 犬は最も古典的で、現代でも通用するセキュリティー(防犯)である。実際、泥棒が侵入を諦める理由の上位にもなっている。だが、小型の人気犬種(チワワやダックスフンドなど)は犬そのものが盗まれることもあるのだそうだ。

 昭和の初期は強盗の横行した時代でもあったが、当時もっとも世間を震撼させたのは、大正十四年の犯行から縛につく昭和四年迄の間世の中を荒らし回った「説教強盗」であった。説教強盗は新聞社の命名で、侵入した家の者に、これこれの防犯をせよ、だの、犬を飼うとよかろうだの、一々説教を残してゆくことから名付けられた。

 こう書いていると、ユニークな強盗のようだが――また実際ユニークでもあろうが――襲われる者の身になってみれば笑い事ではない。また回数は少ないとはいえ、傷害や暴行も犯している、当時の人々にしてみれば毎晩を不安と恐怖に貶めた憎き犯人である。

 さて、説教強盗の説教のひとつ、「犬を飼いなさい」について此処では述べる。
説教強盗こと妻木松吉自身が書いているのだが、犬といっても防犯上役にたつ犬とたたぬ犬とがあるという。彼がいうには、「日本犬」などはよいのだそうだ。
 その理由やいかに?飼い主に対し忠節で、勇敢であるからだろうか。否(いな)・・・・・・――

 「駄犬」だからよいのだそうだ。
 説教強盗曰く、日本犬のような駄犬は、やたらと吠える。臆病だからすぐ吠える。馬鹿だから飼い主にさえ吠える。こう吠えられては仕事にならぬ。すぐに人に気づかれてしまう。一方、ブルドックのような洋犬の利巧なやつは、吠えずに黙って攻撃してくる。だが、こういうのを防ぐ方法は、いくらでもある――

 説教強盗の証言によれば、強盗とは、侵入以前と以後では、対処の仕方が異なると云う。いままさに、その家に這入ろうとしているときは、恐ろ恐ろ辺りを窺っているときであるから、大きな音をたてて、近隣の人に知らせるのが適切な処置であり、泥棒も侵入を諦めて逃げてしまう。しかし、一度家屋へ入り込んでしまったら、なまじ騒ぎ立てると、相手を苛立たせ、命を失う危険を見る。
 だから、番犬とは、「泥棒をやっつける」のではなく、「泥棒を追い払う」もの、つまり警報を鳴らして、家屋内へ立ち入らせないことが、その使命であり、本分といえる。実際、泥棒へ立ち向かい、命を落とした哀れな番犬の例は多い。

 思えば、戦後番犬として吠え癖のあるスピッツの流行したことがあったが(現代では改良されて、昔のように無駄吠えをしなくなったそうである)、番犬として最も理想的なのは、名犬忠犬猛犬の類にはあらずして、よく吠える犬――こういう犬ほど迷惑な駄犬だと人からは呼ばれるのだが、その駄犬こそが防犯上よいらしい。

 さて今日(こんにち)、昭和初期に劣らぬ物騒な世相を呈している。世の人々よ、近隣の駄犬をもっと大切にしてあげてください。

(※本文を読んで、日本犬を駄犬とはけしからん、とお思いの日本犬愛好家もあることでしょう。当時の日本犬はペット(愛玩)として飼われるよりも、狩猟用に飼育される場合が多く、また元々は山里で暮らしていた為に人になかなか慣れない性質を持っていました。こうした日本犬の「よく吠える、人になつきずらい」といった、いわば人間社会においては不都合と考えられる性質を指して「駄犬」と捉えられたものでしょう。いずれ、日本犬随想に、「駄犬か忠犬か」という題でまとめてみようと思っておりますので、ご興味がおありの方はご覧ください。)

参考文献・「近代庶民生活誌16犯罪U社会犯罪編」



○人を殺す犬

 プロレタリア作家小林多喜二は、秋田県大館出身であり、忠犬ハチ公とは同郷である。彼が拷問の末獄中で死去した昭和八年、ハチ公は渋谷駅で名声をほしいままにしていた。同じ大館とはいえ、多喜二の出生した当時の番地は北秋田郡下川沿村字川口、ハチ公は北秋田郡二井田村字大子内である。厳密には土地を異にすれども、同地方に生まれながら、片や「忠犬」の誉れ高く、一方は「思想犯」の暗い烙印を授かった。
 皮肉と云えば皮肉な話である。人間に生を受けた多喜二は、貧しかった故に辛酸を舐めた。当時の言葉でいう「畜生」のハチは、豪農のもとに生まれ、上流階級である博士の家庭で慈しまれ育った。「ひと」と「いぬ」であっても、生まれた環境によって、生活は激変する。それは、今も昔も変わらぬであろうが、生活の格差が激しかった当時は、更に顕著であったことだろう。
 多喜二は初期の作品で、ある形の「ひと」と「いぬ」の関係を描いている。それは、時代に埋もれ忘れ去られた、両者の関わりあいの歴史である。題名を「人を殺す犬」という。
 舞台は北海道の監獄部屋である。労働の苦痛に耐えかねて逃亡するものが多かったが、とうてい逃げ切れるものではない。捕らえられた逃亡者を待っているのは、逃げ出した労働より尚恐ろしき地獄である、それは「見せしめ」。
 その様子を、多喜二の筆は次のように描き出している。

 空地へ行くと、親分や棒頭たちがいた。源吉は縛られたまま、空地の中央に打ちぶせになっていた。親分は犬の背をなでながら、何か大声で話していた。
(略)
「よオし、初めるぞ。さあ皆んな見てろ、どんなことになるか!」
(略)
 一人が逃亡者のロープを解いてやった。すると棒頭がその大人の背ほどもある土佐犬を源吉のほうへむけた。犬はグウグウと腹の力でうなっていたが、四肢が見ている内に、力がこもってゆくのが分った。

 当時、こうした逃亡者を虐殺する(また逃亡の際の追手の役割も兼ねていたと思わる)犬が、飼われていたらしい。ここでいう土佐犬とは、土佐闘犬のことであろう、闘技に、或いは番犬、ステータスに飼われたこの犬種の飼育目的には、こういった悲惨な役目もあったのである。思うに、いわゆる番用として飼われる秋田犬、シェパード、ドーベルマンの類も、この凄惨な目的に飼育されることもあったのではないか。
「人を殺す犬」――彼らは、勝ち鬨をあげて人間に喰らいつくが、自分の「職務」に忠実であっただけであろう、彼の「主人」らの命令に……。
 ハチ公の(そして多喜二の)ふるさと、大館中学校の博物教師、小野進は、ハチ公への愛をうたった詩のなかで、「人の心は、犬の心のふるさと」という。かわらぬ真心、生きとし生けるものの愛情を湛えた犬の心は、我ら「人間」を無くしては発揮されない。 「人間」を愛し、愛されることが、犬という生き物の、心にあるふるさとなのである。人にとってもそれは同じ筈だ。
 だが、郷愁であるべき犬は、ここに於いては、「人殺しの道具」でしかない。決して交わることのない、互いの感情である。
 虐殺された仲間の死骸を埋めるとき、
「だが、俺アなあキットいつかあの犬を殺してやるよ……」
 とつぶやく「人」。殺意と憎悪しか成立し得ない、人間が作り出した、「犬」と「人」との哀しい歴史の一幕である。

(「人を殺す犬」が執筆されたのは、大正十五年であるが、発表は昭和二年であることから、「昭和編」の分類とした。尚、本作品は後に「監獄部屋」と題名を変え、改作されている。参考文献「日本文学全集43小林多喜二・徳永直集」集英社。)



新着○乱歩の描く犬

 乱歩と犬。あまり想像しない組み合わせである。乱歩ならむしろ、猫のほうをイメージしそうだ。ミステリーというと、「黒猫」がトレードマークのように思う。乱歩自身は、動物が好きであったのか、犬派か猫派か、そんなことは寡聞にして知らないのであるが、少年ものには、犬を活躍させた作品もある。
 「少年倶楽部」に連載された「新宝島」には、ポパイという犬が、主役の少年たちと行動を共にしている。乱歩はポインターと描写しているが、当時の挿絵にはシェパードのように描かれている。
 ところで、いままで誰も指摘をしていないし、また実際にどうであったのか分らないが、わたしは、乱歩は犬好きでなかったのだろうと思っている。犬嫌いとまではいかなくとも、格別犬が好きではなかったのではないかと。何故ならば、乱歩の小説に登場する犬の扱い方に、愛犬家ならこうは書かないという雰囲気を感ずるからである。
 犬好きの人間に、もっとも耐え難い(?)乱歩作品は「人間豹」であろう。この作品には、豹人間なる怪物が登場し、作中恐怖をあおりたてる場面では悉く犬が犠牲にされている。明智小五郎の愛犬もその内の一匹で、登場と共に「人間豹」に虐殺される悲惨さ。
「あいつがやったんだ」
 と、今更の如く歯軋りする明智に、「なにをやってるんだ」と怒鳴りつけたくなる。人間豹が明智家を標的にうろついているのであるから、愛犬が襲われることぐらい、どうしてその探偵としての頭脳が気づかないのか、と腹立ちを覚えてしまうのである。  また、人間豹の出現に、世の愛犬家諸君が恐れをなして、夜の散歩をとりやめる場面。よせばよいのに、威勢のいい親爺が、土佐犬の熊号を連れて繰り出す。読み手はハラハラし出す。案の定の「人間豹」出現。
「おお、熊よ。早くお逃げ!」
 と叫びたくなるのであるが……。
 文代さんが蹂躙されようと、小林少年が窒息死しようと、犬の虐殺される場面のつらさの前には、どうでもよいのである。……いささか筆が走り過ぎた。
 また、ご存じ「怪人二十面相」では、二十面相に狙われた相羽君宅の愛犬が毒殺されている。犬好きといより、犬馬鹿人間にとっては、どんなささいな描写でも、犬の死ぬ場面は耐え難い。わたしなぞに云わせれば、二十面相なんて、どこが紳士怪盗なのだろう、血を好まないなぞといって、犬を殺しているのじゃ話にならん、なんて思うのである。
 乱歩はさりげなく描いているが、愛犬を殺された相羽少年の痛みはいかほどであろう。可愛いペットを失ったかなしみは、少年の心に傷を負わせることだろう。
 その他、書名は書かぬが、乱歩の登場させる犬には、悲惨な末路が多いように思う。
 さて、あたかも乱歩批判のような文章になってしまったが、決してそういうつもりではない。乱歩というひとは、なかなか思いやり深い、配慮ある人物であったという。連載ものには、書き出しの冒頭に前回までのあらすじを含ませ、単行本のときにはその部分を手直ししていたというし、時代を経て古くなった描写にも解説を入れたり、書き直したりしていた。また、実際の殺人事件には興味がない、ただ悲痛を覚えるともいっている。
 これほど配慮あり、分別に富む乱歩であるから、もし犬が好きであったなら、相羽少年の愛犬を、二十面相に殺させなかったのではないか。繰り返すが、犬を愛する人間には、たかだか動物というのではない、愛児の死にも匹敵する悲しみなのである。まして、少年が読者のお話ではないか。だから、乱歩は犬にさほどの関心がなかったのであろうと、思う所以である。

















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